「命をつなぐ周産期医療の現場から」

国立病院機構小倉医療センター
 産婦人科部長  川上 浩介

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2024年4月より医師の時間外労働に対する上限規制が本格的に適用され、「医師の働き方改革」が現実のものとなった。この1年は、制度への順応と試行錯誤を重ねながら、医療現場の再構築を迫られる転換期であった。

周産期医療は、常に予測不能な緊急事態に備える必要があり、24時間体制を前提とする。これまでは主治医が一貫して対応することで高い専門性と信頼関係を築いてきたが、その体制は、医師個人の献身的な長時間労働という犠牲の上に成り立っていた側面も否定できない。

当院では、制度施行に先駆けて2023年12月より交代制勤務とチーム制への移行を開始した。具体的には、日勤と夜勤の二交代制を導入し、急変対応は“コマンダー”と呼ばれる指揮役に情報と判断を集約する体制を整備した。診療情報の共有、指揮系統の明確化、さらには医師の勤務情報を病院全体で共有することで、限られた人員でも迅速かつ安全な医療提供を可能とする体制を構築した。

この取り組みにより、現在も「母体搬送不応需ゼロ」「予期せぬ新生児死亡ゼロ」「妊産婦死亡ゼロ」を維持している。これは、単に制度に従った結果ではなく、医師間の信頼と連携、そしてコメディカルや患者の理解と協力の賜物である。医療の質を損なうことなく働き方改革を実現できている証左でもある。

一方で、すべてが順調というわけではない。主治医制からチーム制への移行や勤務時間の制限により、患者との信頼関係の希薄化を懸念する声があるほか、若手医師からは「今こそ経験を積みたい」との思いに対し、画一的な労働制限が医師としての成長機会を奪うのではないかとの懸念もある。

医師の働き方改革は、医療の質と人材の持続可能性を両立させるための重要な転換点である。ただし、その進め方は一様であってはならない。ワークライフバランスの考え方は多様であり、それぞれのライフステージや価値観に応じた柔軟な制度設計こそが、医療の質の維持と医師のキャリア形成の両立に資する道と考える。

働き方改革の1年を経て、医療者と患者の双方が新たな医療のかたちを模索する時代が始まった。改革は医師の負担軽減と医療の持続可能性を高める重要な一歩であるが、その実現には現場の実情に即した柔軟な制度設計と、医師一人ひとりの想いに寄り添う視点が不可欠である。今後も現場からの知見と提言をもとに、制度と現実が乖離しない持続可能な医療体制の構築が進むことを願ってやまない。

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