第1回作文コンクール優秀作品集
15/24

入賞作品「感謝」 私が産まれたのは十三年前にさかのぼる、二〇〇〇年十二月三十日のことである。私は大晦日の前日の寒い日に誕生した。しかし、私は、普通の家庭にあるような、元気な出産ではなく、予定日を中高生の部 優秀賞北九州市・中学2年岸本 妃呂子(13歳)二ヶ月も早く産まれた早産だった。母に急に陣痛が始まった。父は薬をとりにいっており、家の中は二才の姉と父の帰りを待つことになった。しかし、陣痛の間隔が少なくなり、痛みはますますひどくなるばかりであった。父が薬をもらって、帰ってくると同時に私がこの世に産まれた。母は手が震えて、一一九のプッシュホンがうまく押せなかった。私は産まれても泣かなかった。救急車が到着し、救急隊の方から適切な処置が施され、救急車で産婦人科へ向かう。 産婦人科の病院で待っていたのが、K病院の救急車、ドクターカーである。重症の新生児の酸素を補う為の保育器を準備して、小児科医のY先生が待ってくれていたのである。 私は、そのドクターカーに乗り保育器の中に入り、先生、父、姉とともに、K病院へと向かう。 私の体温は三十二・六度まで下がり、危険な状態だったそうだ。体温は、一気に上げることができない。少しずつ、少しずつ、平温へ戻す。 私は、K病院のNICU(新生児集中治療室)に二ヶ月入院することになった。この間、父は仕事へ行く前の早朝、夜、深夜と三度、二ヶ月間かかさず、私が口では飲めずに鼻からのチューブで体に取りこむ母の母乳をパックに詰め持ってきてくれたそうだ。 今、私の手許には、一冊のノートが残っている。それは、看護師さんが、私が入院してから退院するまでの日々をつづったものである。そのノートには、父や母を励ます言葉、私自身を応援する言葉、14

元のページ 

10秒後に元のページに移動します

※このページを正しく表示するにはFlashPlayer9以上が必要です