第1回作文コンクール優秀作品集
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⃝一般の部 優秀賞 ― 「夫のカルテ」て。」主治医や看護師さんの後押しもあった。「ご主人の遺言です。受験してください。」 翌日も試験があり病院経由で受験に行った。「試験中にもしものことがあっても電話しないで。試験が終わったら私から電話するから。」と息子に告げた。今にして思えば非情で非常識な言葉である。試験終了後息子に電話した。「お父さんは大丈夫? お蔭で無事受験できた。ありがとう。」息子「大丈夫、僕が看ているから。ところで今日はバレンタインデーだからチョコレート買っておいで。」私「そんな時間ないよ。一刻も早くお父さんにお礼を言いたいのに。」息子「いいから買っておいで。」電話は素っ気なく切れた。 病院に向かいながら涙が溢れてきた。「貴方ありがとう。お蔭様で無事受験できました。夫不孝でごめんなさい。」涙は拭いても拭いても止めどなく頬を流れていく。夫や息子への感謝と詫びの複雑な涙が泉のごとく湧き出てくる。それでもチョコレートが気になりコンビニに寄った。二月十四日バレンタインデー当日の午後、売れ残りの中から最上級の五百円のチョコレートを購入し夫の枕元に感謝を込めてそっと置いた。それから数日間意識のない夫は、試験は終了したのに息をし続けている。心身とも疲れ切った私は、とんでもないことを口走ってしまう。「もう、そんなにがんばらなくても……」危篤状態のなか受験させてもらいあんなに感謝したのに、今私は掌をひっくり返したように豹変している。自分が情けなく許せなく、看護師さんにそのことを伝えると、「人は誰でもわがままです。奥さんだけではないですよ。」懺悔の日々が続いていたが、救われる気持ちにもなった。 夫が亡くなり一か月後大学の卒業式があった。やっと手にすることができた卒業証書、その写しを病棟に持参した。夫のカルテには厳しい心身状況が克明に記録されている。夫は自らの命を生きたのであるが、私の卒業試験を気にしながら精一杯生き続けた。生きる目的があれば命尽きるまでその過程を懸命に生きることができるのではないかと私の身勝手な思いで、生前主治医に依頼していた。「カルテに卒業証書を綴じてください。」卒業証書は、カルテの目的からすると何の意味も見いだせない。それでも主治医は、私の想いをカルテに綴ってくださった。家族は運命共同体であり、家族の誰かが病気すると他の家族も病人になってしまう。主治医や看護師さんには、家族の想いを充分察してもらい生涯忘れることのできない言葉や優しさをいただきました。こころから感謝しています。東京在住の息子は帰郷の度に病院に出向き看護師さんに近況報告をしています。9

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