勤務医のつどい vol.47
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ともに語ろう、ともに考えよう、ともに行動しよう 避難所の回診では診療記録リストを活用し、患者さんの名前、病歴、主訴、処方を記入した。JMAT間の引き継ぎのため避難所単位で患者さんのホルダーをつくり次のチームに渡すということも行われた。今後は電子カルテの導入も必要と考えている。 いわき市とは防災協定を結んでいたにもかかわらず、大災害を想定しておらずうまく活用されなかったことは今後の課題となった。また、今回は市の災害対策本部にその都度伺い相談するという形であったため、必要に応じた医師会の災害本部への参加が必要と考えた。早速、昨年の11月に市長に陳情し、行政が必要と認めた状況では災害対策本部に参加をするということとなった。 また、薬剤の備蓄について、品目や数量、負担の責任の所在は県なのか市なのかなど、平時から協議しておく必要がある。さらに、非常時でも稼働する通信網の確立、携帯電話やSNSによる会員の連絡網の再構築、平時も含めたいわき市医師会の救急医療体制の整備も重要である。 東日本大震災の人的被害状況は、青森、岩手、宮城、福島の東北4県で死者・行方不明者を含め2万人で、福島県では1,900名程度、いわき市では348名であった。 いわき市内の医療機関の被害は、29病院中4病院が津波による床上浸水の被害を受けた。診療所は225診療所中、津波被害が7カ所、地震損壊が3カ所である。老健施設は12施設中、1カ所が津波被害を受けた。震災翌日には、いわき市内に140カ所避難所が設置され、避難者は19,574名に上った。 いわき市医師会では、震災の翌日に災害対策本部を立ち上げ、基幹病院である磐城共立病院と意見や情報の交換をした。翌々日からは、共立病院といわき市医師会で地域を分担し避難所の巡回診療を開始した。この時点で電話・FAXは全く機能せず、継続して巡回チームを編成することは困難であった。しかし、東京都のDMATチームの方にも支援いただき急場を凌いだ。 原発事故以降、安定ヨウ素剤の投与も重要課題となった。14日に保健所長と医師会の役員が安定ヨウ素剤を配布する方針を決め、市の対策本部に進言したが、すぐには受け入れられなかった。しかし、翌日、市は方針を変更し安定ヨウ素剤を各戸配布したが、服用については最後まで国の指示待ちで現場の判断で指示が出せなかったことは残念であり、今後に大きな課題を残した。 JMATを派遣いただくにあたり、いわき市医師会では、WEB上にJMAT支援カレンダーを作り、チームの支援予定を示し、調整を行った。JMAT活動中はミーティングを行い避難所チェックリストに基づいて健康状態などの報告を行った。同時に保健所の保健師と市の担当者にも参加いただき、行政サイドにも改善に努めてもらった。また、いわき市内の測定放射線量の推移の報告も行った。大変助かった点は、保健師が毎日避難所の状況の申し送り文書を更新してくれ、チームの明日の派遣先や注意点などを記入してくれたことである。東日本大震災におけるいわき市医師会の対応~JMAT活動を中心に~福島県医師会副会長 いわき市医師会会長 木田 光一 基調講演勤務医のつどい福岡県医師会 勤務医部会福岡市博多区博多駅南2丁目9番30号vol. 47発行日 平成24年3月31日勤務医部会・病院委員会合同講演会災害医療を考える~もしも福岡で起こったら~⑴

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